絵・間瀬健治

師弟に生きる/2019

エール池田先生の指針から

この連載では、テーマに沿った池田先生の指導を紹介し、励ましを広げる友へ”エール”を送りたい。

新しき歴史は新しき人と共に

2019年11月20日創価新報

テーマ時代に先駆

新しい時代は、新しい人材が必要だ。新しい発想が大事だ。リーダー自らから、先頭に立って動く。明るく、朗らかに、「いつもありがとうございます」「いつもご苦労様です」と声をかけ、頭を下げ、同志の苦労をねぎらっていく。そういうリーダーを皆が待っている。

ガガーリン氏は、宇宙へ旅立つ直前、こう語った。「人間にとって、最大の幸福とは何か。それは、新しい発展に参加することだ」と。いい言葉である。海外の人には、「哲学」がある。「よりよき人生」を考えている。広宣流布ーー人間革命運動こそ、人類の精神史にとって、最も必要な、最も根本的な、最も幸福な「新しい発展」である。その意味で、広布の前進に参加している私どもは、最高に幸福な人生なのである。

青年は、常に、「皆が、困っている問題は何か」「地域発展のために何が必要か」を考え、柔軟な発想で打開策を探っていくんです。不可能だと思ってしまえば、何も変えることはできない。”必ずなんどかしてみせる”と決めて、思索に思索を重ね、何度も何度も挑戦し、粘り強く試行錯誤を重ねていく情熱があってこそ、時代を変えることができる。これが青年の使命です。

新しき歴史は、新しき風とともに創られる。私たちの広布への活動においても、新しき価値創造には、常に、新鮮な風を送りゆかねばならない。(中略)目の前の一人を大事に育めば、新時代の扉は必ず開かれる。一人ひとりの若人が”桜梅桃李の人華”を命いっぱいに咲かせ、人間革命の輝きで社会を照らし、立正安国の花園を、わが地域・わが国土に広げていくのである。

今や創価の舞台は世界である。道は開かれた。あとは青年に一切を託す以外ない。今こそ青年は自身を鍛えに鍛えることである。(中略)人を頼る心は捨てよ。自分たちの力で、信心で立ち上がるしかない。祈って祈って祈りきって、敵も味方も、すべての人を揺り動かして、大いなる民衆の連帯を、新しい広宣流布の旋風を巻き起こしてくことだ。

一人ひとりが、全世界の平和と民衆の幸福を成し遂げゆく「主体者」であり、「責任者」である。(中略)人生は常に真剣勝負だ。皆が一つでも、二つでも、「新しい発想」で、「新しい決意」で、「新しい行動」で道を開いていくどこだ。そうすれば、創価学会はますます盤石である。広宣流布という平和の大道は、いよいよ大きく広がる。そこに、「一人ひとりの人間革命」即「人類の宿命転換」という凱歌の朝が必ず開かれゆくに違いない。

最大に個性を輝かせる

2019年10月16日創価新報

テーマ皆が使命の人

幸福は遠くに求めるものではない。自分自身の生命のなかにあることをしらなければならない。それを教え、永遠に崩れざる幸福を説き明かしたのが、仏法であるからだ。(中略)そのためにも、若き皆様方は、人と自分を比べるのでなく、「明日の自分」へ、境涯を開きながら、強く、朗らかに前進しきっていくことである。その戦いのかかで、自分でなければならぬ、尊き使命の花が、そして幸福の花が咲いていくものだ。

大事なことは、”自分らしく”輝き、”自分らしく”一日一日を勝ち取り、”自分らしく”人生を向上させていくことではないでしょうか。目的を練磨していくような前進であればいいのです。(中略)自分も、どこまでも自分である。なりがくても、絶対に他人にはなれないーーその、かけがえない自分を、大事にし、励まし、満足できる自身になることです。その根本は唱題です。妙法を唱えることによって、ありのままの姿で無作の「仏」と輝いていくことになる。

若々しい生命の放つ輝きほど、美しいものはない。皆さんは気づかないかもしれないが、青春には、若さもあれば希望もある。それ自体が強さであり、特権です。ましてや皆さんは、自己の内面を磨き鍛え、最高に個性を輝かせいける信心という絶対的な法則を知り、実践している。ゆえに、他者に依存して幸福を求めるのではなく、自分に自信をもって、毅然と生き抜いていただきたい。

法華経の随喜功徳品には「随力演説」(力に随って演説せん)とある。窮屈に考える必要はない。大事なのは、素直に御本尊に祈ることだ。明るく誠実に語ることだ。その繰り返しの中で、友と自然と包み込める境涯になっていく。友のために尽くそうとの心が湧き起こってくる。ともあれ、勇気を出して祈り語った分だけ、自他共の幸福への仏縁が広がる。

「御義口伝」には「桜梅桃李の己己の当体改めずして」(御書784ページ)とあります。それぞれの持ち味を、最大限に発揮していけるのが大聖人の仏法です。「異体同心の団結」は、一人一人がわが使命の舞台で最高に輝きながら、広宣流布という無上の目的へ共に前進するなかで生まれる。それは人から言われてではない。「自発能動」の団結であり、「自体顕照」の連帯です。どこまでいっても大事なのは、一人一人の幸福です。人生の勝利です。「一人の宿命転換」「一人の成長」が一切の根本なのです。

日蓮大聖人の仏法は「無作三身の仏」を説く。「御義口伝」には「一念に億劫の辛労を尽くせば本来無作の三身念念に起るなり」(御書790ページ)と仰せである。信心の人知れぬ懸命な労苦の果てに輝く”人間性の力””人間性の光”ーーのれが最高の力である。自分に負けてはいけない。自分に勝つことだ。もう一回、自分自身が原点に返って、新しい挑戦を始めることだ。

着実に粘り強く進もう

2019年9月18日創価新報

テーマ多忙の中で挑戦

苦労は全部、自分のためである。甘えようと思えば、いくらでも甘えられる。”鍛錬なき時代”である。(中略)こういう時代だからこそ、自分から求めて「苦労しよう」と自覚した人が得をする。何ものにも「負けない」自分へと、鍛錬しぬいた人が勝つ。その貴重なる「自己教育」の世界はどこにあるかーー。ここにある。創価学会にある。ここにこそ、人生を最高に勝利させる「道」がある。

青年時代は悩みと葛藤の日々まもしれない。しかし、焦ることなく、着実に、粘り強く、信心、学会活動に励み、生活の場で、職場で実証を示してもらいたい。さまざまな苦難もあるでしょう。しかし、地道に信心をしていくならば、時が解決してくれます。真剣に題目を唱えていけば福運がつき、自身が成長していきます。ゆえに、現実がどんなに厳しくとも、希望を捨ててはいけません。御本尊への大確信をもってもらいたい。皆さんには、何があっても妙法がある。この永遠不滅の法がある限り、人生の大勝利になれないわけがない。

青年時代に、自分自身の生命を磨き鍛えた人は、一生の幸福の土台を築くことができる。(中略)日々、妙法を朗々と唱え、学会活動に勇んで取り組むなかでこそ、自分自身の生命が最高に練磨される。その生命は、研ぎ澄まされた明鏡のごとく、最も正しい人生観、社会観、世界観、宇宙観をもって、あらゆる事象を適切に見きわめ、何ものにも負けずに、価値創造の知恵を光り輝かせていくことができるのである。

信仰は、本来、偉大なる仏の智慧を具した、わが生命の宝蔵を開くためにあるのだ。自分自身の無限無量の可能性を引き出す力が、仏法であり、信心である。つまり、人生の根本の土台なのである。その信心を深め、生命を磨くために仏道修行が必要なのだ。ゆえに、若き時代に仏法の「信」「行」「学」の訓練を受け切った人は、それ自体が、もはや最高の勝利者の因を積み、最高の幸福者の生命へと革命されているのだ。

人生の本当の勝負は、五十代から決まる。その土台をつくるのだ、今の青春時代の闘争です。堅固な土台なくして、立派な建物が建つはずかない。そのために、今、徹して苦労していくことだ。苦難を避けず、広宣流布の組織の中で、信心を磨き、自分自身を鍛えぬいていくことだ。この峻厳なる連続闘争によってのみ、本当の人生の勝利をつかむことができる。

人生は長い、勝つ時もあれば、負ける時もある。行き詰まり、七転八倒する時もあるだろう。だが、人生の勝敗は途中で決まらない。栄光は、粘り抜いた逆転劇によって勝ち取るものだ。だからこそ心は負けてはならない。あきらめてはならない。どんなに悔しくとも、朗らかに頭を上げて前を向くこどだ。困難にぶつかり、宿命が襲いかかってきたならば、「よし来たか」「今ここからだ」と、いよいよ負けじ魂を燃やす。その人が、最後に必ず勝つ。

自分を見つめ、力を付けよ

2019年7月17日創価新報

テーマ多忙の中で挑戦

怨嫉を生む根本には、せっかく信心をしていながら、わが身が宝塔であり、仏であることが信じられず、心の外に幸福を追っているという、生命の迷いがある。そこに、魔が付け込むんです。皆さんは一人ひとりが、燦然たる最高の仏です。かけがえのない大使命の人です。人と比べるのではなく、自分を大事にし、ありのままの自分を磨いていくことです。また、自分が仏であるように、周囲の人もかけがえのない仏です。だから、同志を最高に敬い、大事にするんです。それが、創価学会の団結の極意なんです。

「絶対に勝つ」という信念が、自分の全能力を引き出し、ふだんは眠っている力まで起こして、実際に「勝つ」しょうに働かせていくのである。(中略)どれほどの力が秘められているか、わからない。ただ、確かなことがひとつある。それは”自分が信じ、考えたとおりの方向に、現実もう動いていく”という「信念の力」「思考の力」である。”本当に「できる」と思えば、必ずできる”という事実である。

どんな悩みも、そのまま御本尊に祈っていけばいい。すぐに結果が出ない場合もあるが、必ずいい方向へ向かっていくことは間違いない。人生、思いどおりにいかないことも、たくさんあるだろう。インチキな人間や、わがままな人間に「何でこの人は・・・」と腹を立てたくなるときもあるかもしれない。しかし、うまくいかないから、人の心がわかる自分になれる。悩みがあるから、人間らしい賢明な自分になれる。こう思って悠然と進んでいくことだ。

青春時代の心は揺れ動くものだ。しかし、人と自分を比べて、羨んだり、嫉んだり、焦ったりする必要もない。イギリスの思想家ベーコンは鋭く洞察している。「自分に美徳をなにももたない人は、他人の美徳をいつも嫉妬する。(中略)他人の美徳に到達する希望を失った者は、他人の幸運を圧えることで対等になろうとする」ゆえに、卑劣な嫉妬の人間などを圧倒しゆく汝自身の力をつけゆくのだ。

大切なのは、仏力、法力を引き出す、われらの信力、行力である。祈りが叶わないわけがない。何があっても、絶対に負けるわけがない。これが信仰の真髄である。ゆえに、何の心配もいなら。妙法を信じぬき、唱えぬき、実践しぬいていくかぎり、決して行き詰ることはない。学会活動のなかには、あらゆる福徳が含まれている。学会とともに、自然のうちに、生き生きと、健康な生命になっていく。

大事なことは、人と比べて落ち込むのではなく、「よし自分も!」と発奮し、自らの心を明るく高めていくことです。(中略)自分の良いところを自覚して大いに伸ばすんです。「桜梅桃李の己己の当体を改めずして」(御書784ページ)と仰せのように、桜は桜、梅は梅、桃は桃、李は李の良さがある。背伸びなどしなくていい。ありのままの姿で、自分らくし思い切り、花を咲かせればいいんです。

全ての労苦が宝の思い出に

2019年6月19日創価新報

テーマ多忙の中で挑戦

仕事が忙しく、会合に出られない時こそ、”必ず、活動に参加できるようになろう”と、心に決めるんです。その一念が成長につながっていくし、やがて事態を変えていく力になっていきます。そして、一生懸命に、御書をはじめ、「聖教新聞」などを読み、学会活動できるように真剣に唱題するんです。また、少しでも時間を見つけては、同志を会い、広宣流布への決意を新たにしていくことが大切です。

今、わが青年部の諸君も、思うようにいかないことが多いかもしれない。それが青春の実像ともいえる。しかし、若い時の苦労は一生涯の宝となる。だからこそ、真剣勝負で目の前の課題に、一つ一つ挑んでいただきたい。日々の努力を止めないでいただきたい。妙法の信仰に、一切、無駄はない。勇敢に祈って動いて勝負すれば、努力したことが後になって必ず生きてくる。絶対に間違いない。

誰人であれ、自分の人生の「ターニングポイント」(転換点)がある。いかなる逆境にあっても、「今ここ」を、新たな自分の躍進勝利への「スタートライン」にすることができる。(中略)混沌と揺れ動く社会だからこそ、堂々と胸を張り。「私はこう生きる」と、自分の信念と正義の道を貫くことだ。ここにこそ、日蓮仏法を持つ、誇り高き我らの生き方のがある。

仕事が多忙で、なかなか唱題する時間がとれない人もいる。さまざまな理由で、思うように唱題できない場合もある。大聖人は、「南無妙法蓮華経を只一度申せる人・一人として仏にならざるはなし」(御書1573ページ)等と仰せである。たとえ一遍の題目でも、無量無辺の大功徳がある。何か悩みがあったら、まず御本尊にぶつかっていく。何があっても唱題根本で進む。その「心」を持っている人が勝つ。すべての労苦が、宝の思い出となる。幸福の確かな軌道に、悠々と乗っているのである。

多忙な中で、少しでも広宣流布のために行動しようと挑戦する。その心が尊い。たとえ短時間でも、勇んで活動に取り組めば功徳は大きい。むしろ、困難な環境の中でこそ成長できるのです。(中略)「きょうは学会活動に行けないけれども、すべて信心の戦いと思って、仕事に全力を尽くそう」「休日は会合に参加できるよう頑張ろう」「皆の前進のために一分でも題目をあげよう」--そう思えれば、勝利です。その強き一念があれば諸天が動いて、必ずいい方向に進んでいく。

「一生空しく過ごして万歳悔ゆること勿れ」(御書970ページ)ーー一生を空しく過ごして、万年にわたって悔いることがあってはならないーーと。(中略)広布に生きる人生は多忙である。苦労も多いかもしれない。しかし、普通の人生の十倍、百倍の価値ある人生を生きているのである。大聖人の仰せのとおり、永遠の栄光につつまれた人生であることを確信していただきたい。

「必ずできる!」との精神前進

2019年5月15日創価新報

テーマ成長したい

人間は誰しも、「自分」という存在から逃げるわけにはいかない。どこまでいっても、自分は自分である。この自らの生命を、そのまま磨いて、最も荘厳な「宝塔」と輝かせ、最も尊なる仏の力を涌現していけるのが、妙法の題目の音声である。(中略)小手先の策ではなく、まず真剣に祈る。そして勇気と智慧を湧き出して、誠実に行動することだ。

一流になろうと、本当に決意しているならば、そこには、既に行動がある。既に努力があります。成功とは、努力の積み重ねの異名です。夢と憧れだけをいだき、真剣な精進がなければ、気ばかり焦り、現実はますます惨めになってします。大切なのは足元を固めることです。仏法は最高の道理であり、その努力のなかに信仰がある。また、自分を開花させ、崩れざる幸福を確立していくには、信心という生き方の確固たる基盤をつくることです。

派手な活躍にだけ目を奪われ、地道な努力を忘れては、本当の「人間」はできない。だれもみていないところで、コツコツと頑張れるか。そこに、その人の真価が現れるのである。(中略)大切なのは、前進を続けることだ。立ち止まらないことだ。「良くなっていくのは少しずつであるが、しかし、その『少しずつ』はけっして、小さなことではないのだ」(『ギリシア哲学者列伝』)これはゼノンの言葉ともされる。一歩一歩踏みしめながら、自分らしく進んでいくことだ。

アメリカの起業家であり、映画人のウォルトディズニーの言葉を贈りたい。「人生で経験したすべての逆境、トラブル、障害が、私をまっすぐにし、強くしてくれた」(『夢をかなえる100の言葉』ぴあ株式会社)思いもかけない試練、障害があるからこそ、人間は成長できる。強敵に勝ってこそ、人は強くなる。どんな困難も、「よし来た!」「宿命転換のチャンスだ!」ととらえ、強き心で挑戦していけば、自分が得をする。さらに価値ある人生を築いていくことができるのである。

よく、(戸田)先生は話された。「青年は、北風に向かって、堂々と進め!」「苦難の道に向かって、悠々と走り抜け!」と。(中略)先生は「必ずできる!できないと止めてしまえば、何でもダメだよ」とよく話された。まず自分が立つのだ。人まかせではいけない。すぐに「できない」と決めて、あきらめてしまうーーそんな人間になってはならない。「必ずできる!」。この精神で進もう!

人間は、孤独に陥り、自分ばかりが大変なのだと思うと、悲観的になり、心も弱くなってしまうものだ。しかし、自分より、もっと大変ななかで頑張っている人もいる。それを知れば、勇気が湧く。そして、悶々と悩む自分を見下ろしながら、むしろ、試練と戦う友を励ませる自分に成長できる。苦難の時こそ、勇気ある信心を奮い起こし、生命の苦悩の流転を断ち切り、境涯を開いていくチャンスなのだ。

自分らしくベストを尽くす

2019年4月17日創価新報

テーマ青年の持つ力

戸田先生が常に訴えられたのは、「青年を伸ばす」ことである。青年の力を最大に発揮させることである。先生はリーダーに対して、繰り返し言われた。「創価学会を愛し、そして青年の力を存分に養ってほしい」「青年を、青年時代のうちに徹して訓練することだ」(中略)「舞台を大きくもつことだ。正義のため。不幸の人びとのために。青年期の奮闘は、やがて、悔いなき財宝に変わろう」

誰一人、卑下する必要はない。誰一人、孤独な絶望の闇に置き去りにされてはならない。「どうせ自分なんか」と自信を失った友に、「あなたこそ、最も尊い使命を持った、最も尊貴な人なのだ」と励まし、ロマンと希望に満ちた凱歌の人生を共々に歩むための仏法なのだ。青年こそ未来である。人類の至宝である。若き異体同心のスクラムで、一人また一人と友情を広げ、誰もが桜梅桃李と輝く「生命尊厳の宝塔」を林立させていくだの!

戸田先生は青年に強く訴えていかれた。「広宣流布の大事業は、新しい時代に応じた、新しい熱と力が、不可欠なのだ!それには、青年が立つことだ。青年の力を信ずることだ」「青年は、問題をはね返して、伸びていくことが大切だ」そして、「闘争の源は、鉄の肉体であり、生命力であり、健康体である」と。青年のなかには、無限の可能性の宝がある。その無上の宝を、社会の最前線で、徹して磨き抜いてもらいたいのだ。

思うようにいかない時も、くさってはならない。うまくいかない時も、自分らしくベストを尽くしていけば、必ず、そこから次の道が開かれる。戸田先生も言われた。「青年は、いくら踏みつけられても、伸びていくのだ。それが、青年じゃないか」誰かに愚痴をこぼしても、何も生まれない。題目を唱えて御本尊に悩みを訴えれば、勇気と力が湧いてくる。智慧が光る。諸天善神が厳然と現れる。日蓮大聖人の真髄は「煩悩即菩提」である。

未来は青年で決まる。一日一日が、自分自身の建設だ。それが、すべての大建設につかがるという確信をもつことである。戸田先生は、正義に燃え立つ若き友に叫ばれた。「青年部は、学会の後継者であり、筋金入りの人材である。恐れるな!師子として堂々と生き抜け!」わが友よ!新しい毎日を!新しい挑戦を!新しい前進を!青年と共に、共に戦い、共に進もう!その姿自体に、万代の勝利が輝く。

若い世代が未熟であるのは、当然のことといえる。むしろ、それゆえに、無限の可能性をもっているのである。要するに、未熟だといって、すべての可能性をつぶしてしまうのではなく、若い世代のよさを、いかに引き出していくかである。(中略)信心という原点は不変であるが、活動の在り方は、時代の流れや世代の感覚に即して、変換させていく柔軟性が必要であろう。

胸襟開いた対話で新たな連帯を

2019年3月20日創価新報

テーマつながりと関わり

現代社会にあって、人間の豊かなつながりが、いかに大事か。仏法では、共同体を栄えさせるための題目を説いている(四摂事)。それを、分かりやすく言えばーー人に何かを与え、励ましや哲学を贈り、不安や恐怖などを取り除くこと。思いやりのある言葉をかけること。他者のために行動すること。人々の中に入って、上も下もなく平等に、一緒に行動することだ。大いに友情を広げ、宝の思い出をつくってもらいたい。世界中の誓いの青年と共に!

同志の同志は力です。南アフリカのマンデラ大統領も、27年判に及ぶ獄中闘争に耐え、勝てた力は「仲間」であったと語られています。「仲間とともにいれば、決心は強化される」「知っていること、学んだことをすべて共有し、そうすることによって、各人の持っている勇気を倍加させた」と。善き友を尊敬し、信頼する。共に学び合い、切磋琢磨する。そして明確な目標を立てて、一緒に勝ち進んでいく。そこに、皆の満足と自信が生まれます。

人間が生きるには、人との協調や気遣い、また、助け合いが不可欠である。その心を育むには、人間をどうとらえるかという哲学が必要である。まさに、それを教えているのが仏法である。仏法の基本には、「縁起」という教説がある。「縁りて起こる」と読み、一切の現象は、さまざまな原因と条件が相互に関連して生ずるという考え方である。つまり、物事は、たった一つだけで成立するのではなく、互いに依存し、影響して成り立っているのである。

臆して立ち止まっていても、何もうまれない。友の中へ、人間の中へ、民衆の中へと、喜び勇んで飛び込むことだ。どんどん人と会う。どんどん友と語る。形式ではない。真心を込めて語っていくのだ。この胸襟を開いた対話の中に、本当の民主主義の躍動もある。一人、また一人と、新たな連帯を結びゆく道程には、あの友、この友、感謝と共感の笑顔が光っていくに違いない。

私たちの結びゆく親交は、相手の幸福を願うとともに、共に地域・社会の繁栄と平和を実現していこうという心から発する、人間交流である。ゆえに、信頼を勝ち取り、相手にも啓発を与えられる自分になることが大事だ。そのためには、わがままや自分勝手な生き方を排し、日々、自分を高めゆく努力がなくてはならない。そこに、自身の成長も、「人間革命」もあることを知っていただきたい。友情は一生の「宝」だ。麗しき交友を重ねながら、自身を磨き抜いた生涯こそ最上の人生であろう。

人との関係を、その場限りのものと考えれば、目先の利害という尺度で人を推し量ることになりなねず、真実の友好は生まれない。(中略)人とのつながりが希薄化し、関わりを避ける風潮が蔓延しつつある現代である。その根本的な解決法は、人との出会いという現象の奥に、どれだけ深い意味を見出すことができるかにかかっているといえよう。一つ一つの事象から、人生を荘厳すr、最高、最大の意味を見出していく、価値創造の源泉こそがぶっぽうなのである。


「桜梅桃李」-自分らしく輝こう!

2019年2月20日創価新報

テーマ不安と向き合う

現実の生活はさまざまな困難や辛労との戦いである。不安や心配も絶えない。しかし、仏法の眼で捉えば、必ず深い意味がる。一つ一つ、永遠に幸福になるための信心の試練である。「大難」即「成仏」ー-。絶対に変毒為薬できるのだ。一切を幸福へと転じゆく強盛な信心で、ご一家の福徳の大境涯を開いていただきたい。

今、若者を取り巻く世情は大変に厳しい。自信をもてずに悩んでいる友が、かわいそうでならない。その中で、永遠なる妙法を持ち、自他共の幸福の道を開かんと誠実に生き抜く青年部の諸君は、どれほど尊い、同世代の希望の光源になることか。自行化他にわたって妙法弘通に生きる青春が、生命に不滅の勝利の力を現し、無量の福徳を積むことは、絶対に間違いないのだ。

人間は、うんと悩みながらも、「生き生きと」いきられるのです。苦労の連続であっても、張り切って、今なすべきことに全力で取り組み、自分でなければできない、価値を創造していけるのです。ゲーテは言います。「快活さとまっすぐな心があれば 最終的にはうまくゆく」いわんや、皆さんは妙法という最高の「絶対勝利の信仰」を持つことができた。快活に生きることだ。真っすぐに生きることだ。青年ならば!

若いのだから、失敗を恐れず、へこられないで進もう!桜梅桃李、自分らしく輝けばいい。あせる必要はない。必ず咲く時が来る。声高らかに題目をあげ、自らの使命の花を咲かせていくのです。(中略)広宣流布のために勝ち超えられない苦難はない。全ての苦難は、必ず功徳と栄光に変わります。私は毎日、全同志の幸福を祈り、一切を見守っている。安心して、誇り高く、使命の舞台に躍り出てもらいたい。どこに行っても、信念と朗らかさを持って、張り切って戦い進んでくれたまえ!

人は、さまざまな宿命をもっています。何があるかわからない人生です。また、どんなに裕福に見える人であっても、老、病、死という問題は解決できず、心には、不安や悩みをかかえています。私たちは、あらゆる人びとに、揺るぎない、絶対的幸福境涯を確立する道を教えて、社会、国家、人類の宿命を転換していくという、誰人もなしえなかった未聞の聖業にいそしんでいるんです。そう思えば、苦労はあって当然ではないですか。迷いは人を臆病にします。心を定めることです。その時に、無限の勇気と無限の力が湧きます。

組織のこと、仕事のこと、人間関係のことーー当然、悩みや、行き詰まりなあるであろう。その時こそ、「貫け!」。前進を貫いて、自分を勝利させる以外に道はない。(中略)何かに「縛られている」ように感じる時。すべてが受け身になっている時。何となく迷いが感じられる時。その時こそ、受け身の一念を逆転させて、「さあ、この道を貫こう!」「きょうの使命を貫こう!」。こう決めていく時に、その一念のなかに、真実の「春」が到来する。花が咲いていく。


環境ではなく、自分に勝つこと。

2019年1月16日創価新報

テーマ多忙な中で成長

青年時代は、職場などでも下積みの仕事を余儀なくされていたり、最前線の労働に追われることが多いと思う。自由な時間なんか、ほとんどないでしょう。しかし、そのなかで、工夫を重ね、懸命に努力し、泣くような思いで、信心に励んでいくことです。その体験を積むなかに、鍛えがあり、困難に立ち向かう生命の”基礎体力”ともいうべき力が培われていく。さらに、それが、自身の福運になっていくんです。だから、苦労は、人生の最高の財産なんです。

多忙な中で、少しでも広宣流布のために行動しようと挑戦する。その心が尊い。たとえ短時間でも、勇んで活動に取り組めば功徳は大きい。むしろ、困難な環境の中でこど成長できるのです。御書に「極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず」(御書329ページ)と御約束の通りです。大事なのは、心が広宣流布へ向かっているこどです。

とにかく仕事が忙しいと、”いつか暇になったら、学会活動に励もう”と考えていまいがちです。しかし、それは間違いです。どんなに多忙であっても、自分のできることを精一杯やっていくんです。(中略)日蓮大聖人は、「仏法は体のごとし世間はかげのごとし体曲れば影ななめなり」(御書992ページ)と仰せになっています。体である信心が確率されてこそ、その影である仕事をはじめ、世間のことも、順調に進んでいくんです。

戸田先生は青年に語られた。「自分の境遇を嘆いたり、怠けているうちに、黄金の青年時代は過ぎ去ってしまう」と。時間がない、環境が悪いーーこう愚痴を言っている暇は成長はない。私は、戸田先生のもとで働いて、御本尊の前に座れないときもあったが、歩きながらでも題目をあげた。環境ではない。自分に勝つことだ。

(戸田先生が)人材育成について、こう言われたことがある。「人材を輩出するには、忙しいことが大事だ。そうすれば組織が若返る。その中で人材が養成さえるのだ」時間と余裕があれば、その分だけ成長するかといえば、逆である。朝から晩まで、ぼーっとして、価値ある「行動」がない。これでは人材になるわけがない。闘争に次ぐ闘争ーーその忙しさのなかで、人間は磨かれる。学会の人材育成のあり方は、正しいのである。

一緒に語り、一緒に動くのが学会の根本精神である。策でも、方法でもない。(中略)仕事や家事で忙しい時もある。それでもないお、やりくりして、時間をつくって会っていく。それが慈悲である。仏の振る舞いに通ずる。これしか道はない。「人間対人間」のつながりが仏法の組織であり、広宣流布の組織なのである。